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第一面 i n d e x > 日本福祉新聞連載小説 > 『ヒッポポタマス男爵と良い黄色インコ』[1][2]
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『ヒッポポタマス男爵と良い黄色インコ』

芝里紘崋 作  

第1章
2「なんということだ!」


「なんだよ! うるせえな!」
「俺じゃねえよ。このジジイが鳴らしたんだよ! うるせえぞ、くそジジイ!」
 大男は〈ヒッポポタマス男爵〉の左ほほを殴った。かぶっていた制帽が飛んだ。
 奥歯の折れる音がした。
「よく探せよ! あっちに行ったんじゃねえか? クァカカカカ!」
 男たちは、イライラしながら霊柩車の周りをウロウロし、周囲の闇の中をみつめていた。
 いったい何人いるんだ? 〈ヒッポポタマス男爵〉が、ざっと数えた。二十以上いた。大変なことだ。口の中のものを吐き出すと、どろりとした血の塊と一緒に白い歯が一つ混ざっていた。ほほを押さえながら、目を閉じ祈った。
 —こんなヤツらに捕まったら殺されてしまう。ぜったいに命がけで逃げるんだぞ!—
「なーんだよ逃げられた?」
「みたい、だね」
「おいおい、どーするよ」
「ちっ!」
 舌打ちをする男たち。
「ジイさん、ホントにどっち行ったか知らない?」
 〈ヒッポポタマス男爵〉は左のほほをおさえたまま、無言で首を傾けた。
「おや? 知ってんの?」
 また、首を傾けた。唇をとがらせ、とぼけながら。
 先ほど殴ってきた男が、〈ヒッポポタマス男爵〉の胸を掴んで、持ち上げ、割れた窓から上体を引きずり上げた。「ふざけてるよ、このジジイ!」
「ちょっと、ボコる?」
「からだで、答えてもらうか」
 リーダー格の男が近づいてきた。
 男たち数人によって、〈ヒッポポタマス男爵〉が上半身を窓枠から出したまま、ドアが開けられた。背中をつかまれ、路上に立たされた。
 リーダー格の男が、あごをあげて、指図をした。
 〈ヒッポポタマス男爵〉は、大男に首をつかまれ、霊柩車の車体に顔を押し付けられた。大男の力は強かった。奥歯どころではない、今度は首の骨が折れるのではないか、とおもわれた。
「知ってんなら、いっちゃって。さっさと」
 リーダー格の男は、冷ややかな笑みを浮かべ、といつめてきた。
 ジョークを聞いたかのように〈ヒッポポタマス男爵〉は笑った。
 大男はいった。
「血で真っ赤だ。なんだコイツ。気味わるい」
 〈ヒッポポタマス男爵〉は、殴られた。
 路上に倒れた。
 と、驚いた。
 車体の下に、少女が隠れていた!
 〈ヒッポポタマス男爵〉は、痛さも忘れて、目を見開いた。
 少女も〈ヒッポポタマス男爵〉をみて、まん丸な目をさらにまん丸にした。
 声をあげそうになったのだろう、口を手で押さえていた。
 見つめ合い、一瞬の間のアイコンタクト。
 —どうしてこんなところに!—
 —だって!—
 もちろん、おたがい、声に出していえるわけがない。次の瞬間〈ヒッポポタマス男爵〉は再び胸をつかまれ、一気に引っ張り起こされた。
 霊柩車は揺れ、べこぼこと車体がへこむ音が続いた。
 
 
「まったく、もう。殺されるかと思ったわ!」
 少女は霊柩車の助手席に、膝をのせてすわり、腕を伸ばして〈ヒッポポタマス男爵〉の顔の傷口にオキシフルを塗っていた。
「それはこっちのセリフ。痛いッ!」
「そうよ。おじさんのことをいっているの」
 〈ヒッポポタマス男爵〉は、傷の手当てをされながら、霊柩車を運転していた。ルームミラーを覗き込むと、顔は傷だらけだった。いたるところ血をにじませ、赤や青や紫色に腫れていた。
「こっち向いて。オハヨ、キューちゃん。あっ、気にしないで。ボクの口ぐせだから」
 霊柩車は〈ヒッポポタマス男爵〉が痛がるたびに蛇行した。一つしかないヘッドライトが、左右に揺れた。右に光が放射されると、悪魔のような奇怪な肌をあらわした丘の斜面が映し出された。左に光が向けられると、暗黒の谷が、口を開け、一切の輝きを消した。
「訊いていい?」
「何を?」
「何をって、色々あるよ」
「どうぞ」
「そうだね、ではまず、いったい何があったの?」
「いきなり、そこ?」
 〈ヒッポポタマス男爵〉がちらりとみると、少女は眉間にしわを寄せていた。
 口ごもった。確かに、デリケートな質問だったかもしれない。なにしろ二十人からの乱暴な男たちに追われる少女が、下着姿なのだから。
「じゃあ、質問をかえて。なんで、そんな格好してるの。パーティかなにかの帰り?」
「今度は、そこ?」
 〈ヒッポポタマス男爵〉は、また口ごもった。「痛タタタタ!」
「ごめんなさい。動くから、むずかしいの」
「動くでしょ。運転しているんだから」
「じゃあ、止めて」
「だめ」
 〈ヒッポポタマス男爵〉はキッパリと告げた。
「え?」
「お嬢ちゃんを、安全な場所へ、しっかりと送り届けるまでは」
 少女は手を止めた。
 〈ヒッポポタマス男爵〉が、再び、一瞬だけ少女の顔を見ると、唇を噛んで、眉間にしわを寄せていた。
「止めて」
「だから」
「止めて!」少女は語気を強めた。「止めてーえ!」
 〈ヒッポポタマス男爵〉は、反射的にブレーキペダルを踏み込んだ。霊柩車は漆黒の闇のなか、タイヤをスリップさせて止まった。
 足まで痛かった。(つづく)


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