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日本福祉新聞連載小説
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『ヒッポポタマス男爵と良い黄色インコ』
芝里紘崋 作
第1章
1「突然のこと」
——さても今宵の物語は、魔王オオガラスに連れさられた愛する弟ツグミを探しだすため、自らのぞんで魔界に迷いこんだ少女インコの、壮絶にしてせつない、スリリングな戦闘奇譚でございます。深夜の古城わき〈ヒッポポタマス男爵〉の運転する霊柩車のまえから事件はおこりました……。
※ ※
ヘッドライトのなかに、下着姿の少女が右から飛び出してきた。両腕を広げ叫んだ。
〈ヒッポポタマス男爵〉は急ブレーキを踏んだが、間にあわなかった。
大きな音とともに、少女はボンネットに勢いよくのりあげた。
「ひいてしまった!」
〈ヒッポポタマス男爵〉は顔をゆがめた。
だが少女はむしろ良かったとでもいわんばかりに身を起こし、いま出てきた闇の奥に、鋭いまなざしをむけた。
夜の闇を背に、強烈なコントラストを示しながらうつしだされた荒々しい、必死の形相。
〈ヒッポポタマス男爵〉の目には、少女が野生児のように映った。
「おじさん、助けて!」
叫ぶが早いか、少女はボンネットのうえを滑り、運転手席の左脇に着地し、素早く身を隠した。
いわれるがまま〈ヒッポポタマス男爵〉が、霊柩車のドアを開けようとしたとき、右のサイドウィンドウに泥と石のかたまりが投げつけられた。つづいて角材もぶつかり、すっとんきょうな音をたてて路面のうえではねた。
〈ヒッポポタマス男爵〉は全身をこわばらせた。「だれがこんなことをするのか」
右の闇のおくをみつめると、だれかが大騒ぎしながら近づいてくるのがわかった。何人もの屈強な男たちだった。怒鳴りつつ、どこか楽しそうだった。笑い声も混ざっていた。
「よくないことだ」
事情をさとった〈ヒッポポタマス男爵〉は、急いで左のサイドウィンドウをみた。が、もう少女はいなかった。
フロントにもいない。
バクミラーのなかにもいない。
ときをへず、男たちが光のなかにあらわれ、持っていた金属バットでボンネットを叩き、つぎに右のヘッドライトを叩き割って消した。
笑いつつ怒り、少女が消え去ったとおもわれる闇をみて、どの方向を追うべきか、迷っているようすをみせた。
ずりおちそうなパンツに、うえはぴっちりしたタンクトップや、肩までそでをまくりあげたTシャツを着ていた。タトゥーをしている者もいた。皆興奮していた。だが全員の顔は真っ黒だった。
〈ヒッポポタマス男爵〉は驚いた。
男たちの顔には、くちばしがはえていた。
短い髪にキャップを斜めにかぶっていたひとりが〈ヒッポポタマス男爵〉に視線を合わせたかと思うと、さっと背を向け、アクロバティックにとびあがり、ボンネットに尻をのせた。
ひとりがタバコを吸いはじめ,ほかの者も口にタバコをさしこみ、火をもらっていた。
ほどなく〈ヒッポポタマス男爵〉ののった霊柩車は、男たちに囲まれた。
〈ヒッポポタマス男爵〉は外に出ようとしたが、ドアが開かなかった。外からひとりの男によって、体重をかけられていたからだ。男は〈ヒッポポタマス男爵〉のすぐ目の前で、顔をよせ、車内をのぞきこんでいた。
ガラスの割れる音がして〈ヒッポポタマス男爵〉が反射的に右をみると、筋肉質の男がサイドウィンドウを壊し、上半身をのりいれ〈ヒッポポタマス男爵〉にむけて笑ってきた。
「霊柩車。……ねえ、後ろはいってんの? 棺桶。ほんものの屍体。クァカカカカ」
ほかの者たちも笑った。
「いま、女の子きたでしょ。……知らない。どっちいったか?」
〈ヒッポポタマス男爵〉はなにも答えなかった。
ただこの荒くれどもが、少しでも長くここにとどまってくれることだけを望んだ。
こいつらを引き止めておくからな! 逃げるんだぞ!
心のなかで念じた。
少女がぶじに逃げきる可能性が高くなることだけを考えた。
だから、クラクションを鳴らし、急発進することもしなかった。
ひとりが霊柩車の絢爛豪華な装飾に興味をもったらしく、音をたててひきずっていた金属バットふりあげるや、二三度激しくたたきこんだ。
〈ヒッポポタマス男爵〉は、自分のからだが壊されたかのように痛みを感じ、目を閉じた。
商売道具だ。壊されちゃたまらない。
だが、男たちをいたずらに刺激してはいけない。やりたいようにさせるしかない。
今度は左のサイドウィンドウがわれ、粉々になったガラスの破片が〈ヒッポポタマス男爵〉のからだにとびちった。
大きな男が、ぬうっと上体をいれ、笑いながら、噛んでいたガムを指でひきのばすと、すすりながら丸め〈ヒッポポタマス男爵〉のひたいの真ん中に押し付け、貼った。
「外車なんだ。おもしれー」
男はうでを伸ばし、クラクションを鳴らした。
すると、音に驚いたほかの男たちが一斉に〈ヒッポポタマス男爵〉をみた。
(つづく)
T h e J a p a n W e l f a r e T i m e s
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