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日本福祉新聞連載小説
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『カタマラン』
君近桃菓 作
第1章
1
初恋?
わからない。いくつもあって。
でも、あんまり好きになって、男の子のまえで泣いたことがある。
※ ※
妻とであったのは、大学だった。
わたしは当時、大学で医学、それも法医学を教える立場にいた。
妻は、美少女といっていい、気品のある医学部の学生だった。
彼女が大学を選んだ理由は、法医学教室があったから。
入学を希望する段階ですでに、屍体に興味をもっていた。
医学というものは、人間をいかすために存在している。
法医学は違う。
対象者は屍体。どこまでも治癒しない。
医者になりたいと医学部に入る者はおおい。
だが、最初から法医学者になりたいといってきた者は、わたしの知る限り、彼女ひとりだった。異色だった。
彼女に興味をもった。
彼女は多感な時期に「検視」もしくは「屍体解剖」に接触し、好印象を得たのではないか。
彼女の父は画家だった。
母は、アクティブバースで有名な助産婦だった。
野生動物のように、妊婦が様々な姿勢でいきみ、みごと嬰児が産まれるのを、妊婦とともに助産婦が「サポート」するという姿勢でのぞむ自然分娩の頂点、アクティブバース。そうした生々しくも荘厳なシーンばかりを見ていたら、対極を渇望するようになるというのか。
だが「妊娠」は病いではない。「妊婦」は病人ではなく、したがって、産婦人科との連携を保つものの、あくまで、破水や妊娠中毒などの異状に対してのサポートであって、主体は「人間が人間を産む」という、根源的行為。
医学とはいえ、フィールドが違う。
では、父の職業はどうだろう。
なんどもアトリエへおじゃました。
トルソやヴィーナスの首をみていたら、寸断された屍体への興味がわくか。
人間を「もの」として観る目が養われる。
あるいは一歩踏み込んで、人間を「もの」として解釈し、それを証明すべく、切り刻みたいと渇望するようになる。
わからない。
結婚し現在にいたるも、謎は解けていない。
屍体との独特な関わり方も特筆すべきだろう。
「医学生が屍体解剖した際に、気が触れる確率」というものは、統計として出ている。
何をもってして「気が触れた」と判断するかについては、様々な観点が存在するが、切断された腕と脚とをもって、大声をあげて笑い、チャンバラをしだしたら、ああ、今年も出たな、とおおむね判断するわけだ。
不思議と、毎年決まった人数が錯乱した。
受験勉強ばかりしてた世間を知らずの子が、医師への甘い幻想を抱き入学する。
事前に教室の座学で、パワーポイント学習したとはいえ、本物の屍体、それも白菊会からの献体であるので、一年かけて樹脂化されているし、色は変色し、しかもさきに先輩たちが切り刻んでいるから、目は閉じているにせよ、頭をあけて脳は出してある。
腹も蓋のようにひらいて内臓をみせ、両腕両脚は離れ、性器まで丸出しとなっては、ただ事ではないだろう。
だが、彼女は凄かった。
皆が、はじめて解剖台のうえの物体に対面し、おびえ、困惑や狂気や嘔吐感と格闘するなか、真面目に合掌していたかと思ったら、相手は老人の男性であったが、わたしがまだなにも指示していないにもかかわらず、勝手に脳のない額をなでた。
「お爺さま、本日はありがとうございます。お身体に手を触れさせていたがきますが、どうぞよろしくお願い致します。ご無礼のないよう、つとめて、丁寧に行い、勉強をさせていただきます」と、礼をいった。
面白いので、しばらく好きにさせていると、腕のない肩に手を置き「安心してください」と、語りかけ、そっと微笑んだ。
最後は、切り離された右手を、右手で握りながら、上腕部を軽く叩き、うちとけていた。
あれ、こいつは、あれかなと思ったが、そうではなかった。
外科医として、まあ一人前だろうかといわれる基準は、深夜、解剖している屍体の横で、七輪で焼肉が喰えるかといった実際である程度、判断されるが、彼女は早かった。
さっさと喰った。
本当に根っから、屍体が好きなんだ。
わたしは唸ったのをおぼえている。
屍体と対話する美少女。
ただ者ではない。
あるいは純粋に、自己意識のなかに他者を認め、しかもそれが死んでいるという、捻転した思考を獲得しているんか。
いや。
むしろ、死と生を同一地平で受け止めうる、アプリオリな本能を有しているのかもしれない。
こうした女性を妻に迎える者は幸せだろうと思った。
ある日、授業の後、解剖室でふたりきりになった。
わたしは、意を決し、結婚を前提にお付き合いしてくれないかと訊ねた。
彼女は、しばらくわたしの顔を見上げ、大きな瞳を一層大きく見開いたかと思うと、両腕をのばし、わたしの首にからませ、体重をかけながら、無言で口づけをしてきた。
屍体がよこたわる横で。
(つづく)
T h e J a p a n W e l f a r e T i m e s
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